七夕と言えば、笹に願い事を書いた短冊を飾る。というのは有名ですが、これはなぜ行われるようになったのかいつから始まったのか知っていますか?七夕に食べる物にも、意味があるものばかりです。

 

今回は七夕について見ていってみましょう!七夕とは一体どんな行事なのでしょうか。

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七夕はいつからあるのか?由来は?

七夕の歴史はかなり古く、中国から伝わったものと日本で始まったものが合わさったものと考えられています。

 

七夕の起源となったものは中国で西暦500~550年くらいからです。日本に伝わって現在の形になったのが西暦710~794年の奈良時代。さらに盛んになっていったのが西暦794~1185年の平安時代のときなんです。

 

中国の七夕

織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)が登場したのが、中国の漢の時代に出た「古詩十九首」という書物に初登場しています。この時には、まだ7月7日に何かあるというような記載はありませんでした。

 

また、前漢の時代に7月7日に針に糸を通す『乞巧奠(きこうでん)』という行事が行われていました。

 

この2つがどのように結びついたのかは分かっていませんが、その後の南北朝時代に書かれた『荊楚歳時記』という書物には織姫と彦星が7月7日の夜に出会って、婦人たちが針に糸を通す行事があったという記述があります。

 

そして、この時代の役人であった殷芸(いんうん)という人が1年に1度だけしか織姫と彦星が会うことができなくなったという小説を書いています。

 

つまり、現在の七夕の型が出来たのは西暦500~550年くらいの間と考えられています。

 

日本の七夕

上に書いた織姫と彦星のこと、7月7日の行事のことが中国から日本に伝わったのが奈良時代のことで、日本にあった棚機津女(たなばたつめ)と合わさったと考えられています。

 

【棚機津女とは水の神様が天から降りてくる旧暦の7月15日に村で選ばれた穢れを知らない乙女が神様が着る服を用意して捧げていたものです。

 

そして、この女性は一夜だけ神様の妻となり、神の子を身ごもり、彼女も神様になるというお話です】

 

そして、棚機津女(たなばたつめ)⇒⇒七夕(たなばた)と言葉が変化していったのです。これが『たなばた』という言葉になった由来になっています。

 

*たなばたという名前になった説は他にもあります。織姫は養蚕(糸を作る)と彦星は耕作(農作業)をつかさどっている星です。

 

養蚕は糸で布を作ったりするための機物(つもの)を使います。耕作は種物(たなつもの)をまいて農作業をします。

 

『種物と機物』⇒⇒『たなつもの・つもの』⇒⇒『たなばた』に変化したという説もあります。

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笹に願い事を書いた短冊を飾るのはなぜ?

笹に願い事を書いた短冊を飾るようになったのは、江戸時代からです。これは中国にも無く日本だけの風習なんです。

 

これの元になったのは『夏越の大祓』という行事です。6月30日に厄払いとして行われていました。

 

6月30日くらいには梅雨で蒸し暑く、雑菌が繁殖しやすい時期でした。また、暑さがこれから本格的になってくる過酷な時期を乗り切るための願いを込めて厄払いしていたのです。

 

この行事の時に使われたのが笹などで作られた『茅の輪』と呼ばれるものです。これの周りを回ることで穢れを落として、その後を無事に過ごせるようにと願われていました。

 

この茅の輪で使われていた笹と七夕が合わさったものと考えられているのです。

茅の輪

 

また、短冊は5色が使われます。これは五行説と呼ばれる、この世の中のものはすべて木・火・土・金・水の5つから出来ているという考えがあったのです。

 

この5つを表しているのが緑・紅・黄・白・黒だったので、これを短冊として飾ったのです。(中国では緑・紅・黄・白・黒の糸を笹に飾ります)

 

そして、7月7日に行われていた乞巧奠(きこうでん)は針仕事が上達するようにという行事でした。上達するようにという思いを込めていたのが、いつしか願いを短冊に書くというものに変化していったのです。

七夕の食べ物とは?その由来は?

七夕には地域によっていろいろな風習があります。しかし、七夕にこれといった行事食はそうめんしかないのです。

 

現在ではそれほど広がっておらず、仙台を中心とした東北地方だけ食べられています。七夕にそうめんを食べる風習があるのはいくつか説があります。

 

・麺が細いので、糸として見立てています。織姫のように裁縫がうまくなるようにという意味が込められています。

 

・そうめんを広げたときに、天の川のように見えるという説もあります。

 

・昔、中国で7月7日に子供が亡くなってしまいました。その子供は鬼となって様々な病気をもたらしたのです。これを鎮めるために索餅(さくべい)と呼ばれる、小麦で作ったものを備えて鎮めたのです。

 

その後は病気が起こらないように毎年7月7日に食べられるようになりました。この索餅は形を変えて、現在のそうめんになったのです。

 

七夕の行事食がそうめんというのは、あまり全国的に広がっていないのですが、7月7日を『そうめんの日』として広めようという運動もあるんです。

七夕っていつ?

七夕って7月7日の夜なんですが、本来なら7月6日の夜から始まって、深夜0時を超えた7月7日に星を見るって知ってましたか?

 

つまり、7月7日の夜に短冊に願いを書いたりするのは、日にちが違うのです。(現在では7月7日の夜にお祭りなどをすることがほとんどです)

 

昔から行われてきた七夕の神事は7月7日の深夜0時を超えてから行われていました。また、深夜の午前1時くらいが天の川、彦星、織姫が1番良く見えて綺麗なんです。

 

ちなみになのですが、七夕はまだ梅雨であることも多く、晴れるってことがあまりありません。現在の7月7日に晴れる確率は25%くらいなんです。もともとは旧暦7月7日(現在の8月7日)に行われていたので、この場合は50%の確率で晴れています。

まとめ

昔は裁縫はかなり大事で、女性ならもっと上手になりたいと思えるようなものでした。

 

七夕は裁縫が上手になるようにという行事として広がっていったのですが、現在の日本ではそこまで裁縫が重視されていないので知られていないことが多いです。

 

織姫と彦星が出会うロマンチックな日、短冊に願いを込める日というだけでなく、昔から生活を支えてきた裁縫のことも思い返す行事であることは覚えていてよいかもしれません。